孤高の専門学校校長

感じるままに言いたい放題

一番美味い刺身とは・・・

 日本人にとってのご馳走である、刺身の話をしよう。世の中には魚より肉、という人もいるだろうけど、やっぱり刺身が日本人にとっては古くからのハレの料理って気がする。ウチは親父が近海物をとる漁師だったから、ご馳走って聞いて思い浮かぶのは子供の頃からとにかく刺身だった。刺身の皿を前にして、嬉しそうに親父が「これはすぐ食べろ」「これは残っても明日○○にする」と家族みんなに指示をしていたものだ。そんな家だったから自然に子供の頃から魚の種類や旬なんかには詳しく、また厳しい目が持てるようになったのかもしれない。

 

 一番好き、ならまだ簡単だけど一番美味い刺身ってのは難問だね。真夏に友達大勢と冷えたビールで というのと、寒い夜、夫婦2人が清酒で静かに楽しむ、というのではおのずと違う。でもどちらも美味い魚があれば、幸せ指数はグンと上がる。シチュエーションが味の評価を大きく左右するのは 万人が認めるセオリーだろう。

 

 私に言わせれば 本当は美味い魚なのに、食ってないというのはもったいないよね。有難いことにその点では、子供の頃からありとあらゆる魚が食卓にあがってたから、食ったことのない魚や知らない魚は少ない。ただし、北方の魚(ホッケ、ニシン、オヒョウ、タラなど)や南洋の魚(カジキ、ウメイロ、ロウニンアジなど)はあまりわからないが。また色々なシチュエーションで色々な人と卓を囲んだから、人によって美味いと感じる魚、No.1が違うことも知った。

 

 好みを言わせてもらえば、刺身は迷わず背中の青い魚だ。サバ、イワシ、アジの順かな?いや、イワシとアジは甲乙付けがたいな。イワシも、マイワシ、カタクチ、ウルメとあるけど、腹にてんてんのあるマイワシが一番。その他忘れちゃいかんのがイワシの親戚筋にあたる面々。トビウオ(ウチじゃアゴと言います)、キビナゴ、サヨリやサンマなんかが またあなどれない。キビナゴといえば昔、潮溜まりに閉じ込められた群れを、兄貴と2人がかりでタオルを網替わりにしてすくって捕った覚えがある。当時はとにかく沢山いたんだろう。サンマは塩焼きしか知らない人もいそうだけど、夏の終わりに出回るくちばしの黄色いヤツの刺身は、青魚特有の匂いがやや目立つけど、私は大好きだね。トビウオの思い出は、子供の頃ボートに乗って沖に出たときに、いつも船の横を同じ方向に飛ぶ美しい姿。彼らからすると大きな怪物みたいな生物(ボート)から逃げようとしてたんだろうけどね。一度飛んでるトビウオを、船の上から虫取り網で捕まえようとしたけど、ダメだったことを思い出した。今考えるとアホらしい思いつきだけど、あのときはワリと真剣だったんだなぁ(笑) ピカピカ光るイワシ類の新鮮なヤツは、幸せの味がして しばし浮世のウサを忘れさせてくれる程の実力がある。普通は醤油で食べるけど、酢味噌で食べる青魚の美味さを、知らない人に教えてあげたい。量が多い時の刺身の消化方法として、始めは醤油で、途中から酢味噌で、が我が家の摂取パターンである。

 

 刺身としてのサバの実力を知らん人がいるけど、つくづく残念だと思う。日本人に生まれて、こんなに不幸なことはあるまい。この意味がわかりにくい方は、是非海辺の街へ行って、新鮮なサバを刺身で食ってほしい。あの信じられない程の味わいは、食ったことのない人には多分事件である。ただし あくまで新鮮なモノを。大方の都心の鮮魚店のサバは、もう既に生で食べられる時期をとっくに過ぎてる。 

 

 アジと言っても、マアジ、ヒラアジ、ムロアジ以外にもシマアジ、カイワリ、カッポレなどの高級アジもある。この高級なアジをさばく時には、ちょっと緊張するね。3枚におろす時なんか、身もやわらかくてやりにくいから失敗したらあかんとかまえるもんね。

 

 大きい青魚のブリ、カンパチ、ヒラマサは、魚の世界に刺身協会があるとしたら間違いなく重役だ。ブリが貫禄の専務、カンパチは常務、ヒラマサはまだまだ成長の余地がある若手部長といったところ。となると、異論はあろうが 社長はマダイにお願いしなければならないだろう。ただしあくまで社長であり、間違ってもCEOなどという代物じゃない。ついでながら会長は創業家で前社長のマグロを配したい。まぁ冗談はさておき、このブリ、カンパチ、ヒラマサの見分けがつく人がどれだけいるだろう?何のことかわからない方は是非ネットで画像の確認を。ウチのおジジがまだ生きてて元気だった頃は、寒くなると船を出して手釣りでブリを釣りに出たものだった。時々混じるカンパチを、ブリと並べて、どこが違うのかを教えてくれた。まさしく古き良き時代の冬の風景だ。刺身はブリが白い身なのに対して、カンパチはやや赤みがかってる。またブリはせいぜい1メートルまでにしかならないが、カンパチは1.5メートル近くまで大きくなるらしい。そんな大モノは見たことないけどね。秋のカンパチは何とも言えないコクというか、深みのある味わいというか、えもいわれぬ珠玉の逸品である。天然モノは値段も相当だけどね。ブリなんかでも、今じゃ当たり前に養殖モノが出回ってるけど、天然物とは全く別の魚のようだ。天然モノと養殖モノは、横に並べるとすぐ判別できる。天然モノの方が腹が痩せてて、ヒレが大きいし長い。刺身にすると、養殖モノは身がイヤに白く、腹身は油が多くて食いにくい。特に50センチを越えるような養殖ハマチ(ブリ)の腹身はある意味ご馳走じゃない。そんな魚のカマトロなんかは当然ギトギトしていてダメだ。養殖ハマチを食べるなら、30~40センチまでの、関西でツバスと呼ばれる小モノの方が 私はまだマシだと思う。

 

 ヒラマサはシマアジと並んで夏の主役だ。黄色いサイドラインが特徴だと言うけど、あまり目立たないのもいて、慣れない人にはカンパチ同様、ブリとの区別がつきにくいだろう。味は間違いなく5段階評価の5で、ブリやカンパチと同じく素晴らしいけれど、個人的にはイキのいい30センチくらいのサバやアジの刺身にはかなわないと思う。値段はそんな小モノより馬鹿が付くほど高いけどね。

 

 さてしかし、青魚の小物は特別な「ご馳走感」はあまりない。正月のおせちの横には残念ながら似合わない。やはりおせちの横には寒ブリやマダイが似合うんだろう。マダイは人によって評価が分かれる魚。ちょっと知ってる人は、マダイはイマ一つ、ってよく言うけど、なんの、40センチ級の釣りモノは美味い!寒い季節に炬燵で、純米酒なんぞをヤリながら(あまり飲めないが)、タイの刺身を食べる なんていう状況は、この世のヨロコビである。皮焼き(松笠づくり)が美味いって本に書いてたりするけど、私はあまり好みじゃない。また、タイ、タイと言っても、さっきのアジ以上にいろんな種類がある。「マダイ系」だけでも、マダイ、チダイ、レンコダイ(この3種の区別がつく人はエラい)、磯モノでイシダイ、イシガキダイ(両方めったに食えない。大型は絶品)。この2種は磯釣りをする人にとっての憧れだ。老成し 体の模様が消えた「クチグロ」「クチジロ」と言われる5kgオーバーのモノは、都心では料亭にでも行かなければ口には入らない。大胆かつ繊細な味だ。夏場の小モノはやや磯臭いけど、それ以外ならS級の実力者。他にも○○ダイ という名前はついてるけど、ホントはタイじゃないヤツもたくさんいる。金目ダイ、タカノハダイ、コロダイ、青ダイ、フエフキダイ、言い出すとキリがない。

 

 白身魚は、私の中では淡白で芸がない気がするので、評価が低い。ヒラメやカレイ、スズキなんかかな?それでも秋冬のヒラメは見た目とは違って少しは濃厚になるけどね。エンガワにしても、そない言う程美味いか?と言うのが正直なところ。もちろん不味い訳じゃなくて。もちろん不味くはないんだけど、何か物足りない。知らない人はヒラメとカレイは目が真逆なだけで似たようなもんだと思ってるけど、体形も全く違う。ヒラメは口がでかい。食べるモノも、おおざっぱに言うと ヒラメは魚だし、カレイはゴカイなんかのムシだ。白身の他には赤身っていうのもある。

 

 クエやその仲間のハタ類の魚も、真っ白な身が刺身で美味い。ハタ類は巨大なヤツがいる。私が子供の頃、130センチを超えるクエがあがったのを見たことがある。大人が何人もかかって、ワーワー言いながら誇らしげに船からおろしていた。多分重さは何十キロもあって、扱うのは大変だっただろうと今思う。クエは和歌山が有名だけど、何を作っても美味い魚。クエに限らず口のでっかいハタ類は、今までに食べたものはどの魚も美味かった。魚種の判別は体形と体表の模様での判定するわけだけれど、巨大に成長したハタ類は 模様が不明瞭になって、どの魚種が大きくなったのかが大変わかりにくい。だから先ほどの130センチの大物も、本当はクエじゃないのかもしれない。「何かわからんけど、でっかいハタがあがったから食おうぜ!」(当然実際にはキツい五島弁で)っていう近所のオジジと、うちのオジジのやり取りを昔はよく聞いたものだ。きっと50センチ以上のデッカイやつが私の郷里には、ウジャウジャいるんだろうと思う。私の愛読書である「さかな大図鑑」によると、タマカイというハタは3.6メートル、450kgの巨大なモノがあがった記録があるらしい。現地ではサメ以上に人から恐れられているんだと。人食いハタだそうだ。ちょっと信じがたいけどね。でも3.6メートルといったら軽四と同じではないか!その長さで450kgだったら、多分頭の部分の直径は1メートル以上あるはずだ。バケモノである。人を食っても仕方ないか。

 

 カワハギの話をしよう。エサとりで有名なこの魚は、鍋のスタアだ。王様はクエやフグなんだろうけど、ポン酢で食うタイプの鍋には実によく合う。そして、この魚の肝は、神のイタズラである。コイツの肝を、酒で洗ってから醤油につぶし溶かして、それにつけて食べるカワハギの刺身は、「これは……」と言ってその場の人の動きが止まり顔を見合わせるくらいの絶品である。しかし先日、テレビでめちゃくちゃ尿酸値が高いと言っていた。痛風気味の人はダメだ。あんな美味いモノなのに。

 

 梅雨時分に美味くなるヒーローがイサキだ。身はあくまで白く、濃厚な味の深さをグルメレポーターにはちゃんと評価が出せないんじゃないかな? きっと「美味しい!甘ぁい!」としか言わないんだろう。でもどうしてテレビのレポーターは、口を揃えて刺身を食った時に「甘い!」って言うのか。そんなに魚介類が甘いか? 私は「美味しい」としか感じないけどなあ。「素材の持つほのかな甘みが、お口一杯に広がって………。」って、ウソだぁ! 話を戻そう。イサキは、体表の色だけに関してはとても美味そうではない。薄い黄緑というか、全体的に寒々しい感じ。でも旬の時期の刺身は唸る程。フェイクの効いた実力者だ。

 

 マグロという魚は、美味いですか?あえて問うこの疑問に、誰か私に説得力のある答えをもらえませんか? 少しも美味いと思えないんだけどなぁ。美味いマグロを食べてないからだと言われれば、確かに大間産の生の黒マグロは食べたことはない。しかしトロ、トロと言っても所詮魚の油身だ。多分食っても「ふ~ん…。ほんで?」ってなるんだろうなぁという予測がつく。実は私はカジキやカツオに関しても最上級の賛辞を贈る程ではないと思ってる。シーズン盛りの藁焼きのカツオのタタキはそれなりに季節感もあって美味いけど、絶品っていうんじゃない。決してけなしているんじゃないけどね。初夏、蚊取り線香をはじめてつけた匂いに「あぁ夏やなぁ」と感じるように、あぁタタキの季節やなぁ、と感じるだけだ。それでも高知で食べたカツオの、タタキではない刺身は美味かったけどね。ぶ厚い生ニンニクスライスを乗せて。私が知ってるタタキより味わいは深かった。

 

 そんな訳で結局魚が好きなのよ(笑)