孤高の専門学校校長

感じるままに言いたい放題

一番美味い刺身とは・・・Vol.2

 和歌山の人々がこよなく敬愛し、特別な位置付けになっている魚がブダイだ。岩礁のゴツゴツしたところをユラユラ泳ぐ、なんともマヌケで、最もヤスで突きやすい魚の一つ。うちの郷里でこの魚が敬遠される最大の理由が「臭い」ことで、後から聞いた話では、コイツの数々の内臓の中で、深緑の胆嚢をつぶさなけりゃ臭みは身に移らないらしい。でもそれがまた大変潰れやすく、ていねいにさばかないとすぐに破れてしまう、とのこと。今までは私みたいにガサツな人間が雑にさばいて、勝手に臭がってたのかもしれない。だから私はこの魚は味噌汁でしか味わった覚えがない。大阪じゃ売ってないもんな。今となってはブダイの刺身は幻である。

 

 なかなかツウ好みの一品がアマダイだ。関西ではグジという。老人のような顔つきで、どう見てもイキイキした顔をしてないこの魚は、赤、黄、白と3種類があって、中でも白アマダイが一番。身が軟らかいからか、刺身で食べるという文化が関西にはないみたいだが、上品な中にも濃厚な味は、私の評価では同じ白身でも、ヒラメをはるかに凌ぐ。私はあまり好まないのだが、うちの家族は全員このアマダイの身をヅケにして、お茶漬けにして食べることをこよなく愛している。私は普通に魚を生で醤油で食べたいのである。色々しなくても結構なのだ。皮焼き、湯引き、〇〇造り、などの一手間も、気持ちだけ有難くいただきたい。「洗い」という食い方も同様。コイ、スズキ、イシダイなど、なんか高そうな感じはするが、どこが美味いいのだろうか?全くわからない。何で洗わにゃならんのか?残念ながら邪道(失礼!)の刺身は、私の評価においては爼上に乗らない。

 

 

《魚類以外のモノ》

 ナマコを最初に食べた人はエラい、って聞いたことあるけど、まさしく変な生き物である。冬のナマコは酢の物なんかにするととても美味しいけど、あれは相当変な生き物だ。何故変なのか? 

 1つ目は、海底にいるナマコを捕まえると、ちょいちょい自分で内臓を吐き出すという自爆的な行動をとること。これはとかげのしっぽと同じく、敵の目をそらすために出すものだと教えられた。放出した内臓の中でも黄色いヤツは多分卵巣(卵?)だ。実はそれを海水で洗って食べるのもなかなか美味しいものだけど。

 2つ目は、ナマコをあまり触りすぎると、自分の体が溶けて無くなるという スパイ大作戦みたいなことをやってのける。自爆テロだ。よって生をさばく時にはあくまで手早くやらないと、表面が剥がれかけてくる。もたもたして溶けてしまっては大変である。買えば決して安くはない高級品だから。

 

 ウニもいいね。私の郷里ではムラサキウニ一辺倒で、日本海でよく見るバフンウニは滅多にいない。採ったらそのまま割って食うのがいい。オスもメスも殻の中身はよく似ているけど、白っぽいのがオスだと昔オジジに教えられたことがある。ムラサキウニは針に触ってると、その名前の通り、手が赤紫色に染まってしばらく取れない。子供のころはそれでよく遊んだものだ。また岩礁地帯には、ガンガゼという厄介モノのウニがいる。身は体の大きさの割に小さくはないから、食えなくはないんだけどあまり美味しくはない。体は小さいクセに、ホントイヤな野郎だ。何がどうイヤなのか、以下列挙してみた。

 1.毒針が長いものでは20センチ以上もあって、刺されやすい

 2.針にカエシが付いているため、刺されると抜けにくい

 3.その針が大変折れやすい

 4.刺されると激痛が走って しばらく痺れたように疼く

 5.皮膚内に残った針は陸に上がってからほじくり出さないとダメでまた痛い

刺されたその日だけではなく、皮膚内に残った針を後で摘出しなければならないので、改めて格闘することになる。痛みを我慢しながら 縫い針なんかで刺さった穴をかなり大きく広げないと、カエシが付いてるから中々取れない。本当にイヤなヤツだ。

 

 その他、ウニの仲間には 神経毒があり、素手で触れると呼吸器系に麻痺を起こすと子供の頃から教えられている悪魔が存在する。実にとんでもないヤツだ。忘れもしない、私が高校の時、叔父2人と兄貴と4人で船で磯に出た。たまたま俺が船上にいる時に、叔父の一人が慌てて水面に上がって来るや否や、「当たったかも知れん!」と切羽つまった顔。もう一人の叔父が「船ん上におらんば」と言って休ませようとしたんだけれど、しばらくするうち、その叔父の顔がみるみる腫れてきた。これはまずい ということで、漁を諦め、家に戻ることにしたけど、わずかな時間で腫れは進行し、岸に着く頃には、叔父の顔は満月のようにパンパンになり、生気なくぐったりしてしまって桟橋についた船から一人ではおりられず、すぐに病院に搬送した、という忘れられない思い出がある。その時は死ぬんじゃないか?と心配した。大丈夫だったけどね。ウチでの地方名は忘れたけど、ネットで調べるとラッパウニの仲間らしい。まさしく大自然の謎と大きさ、そして怖さだ。

 

 貝類は両刃の剣だ。美味いいけどアタる。アタるけど美味い。大概の貝は生で食える。しかしハラにアタッた時は、経験上魚より貝の方が症状は強烈だ。貝はアタるととにかく嘔吐だ。熱も出る。旅先でアタると悲惨だ。私も今までに外出先で2回酷いことになった。悪夢のような時間だったことを今でもよく覚えている。一回は伊勢志摩の旅館で。もう一回はなんとパリで! その2回ともがカキのせいだったため、以来カキが怖くて食べられない。今では熱を通したカキでさえもダメになってしまっている。いつぞやは、カキを入れたお好み焼きにアタッた。しかもカキの部分は食べてないのに!!多分神はもう私に、カキと共に過ごす時間はお与えにはならないだろう。


 貝の刺身では、よくあるのがアワビとサザエか。アワビは黒アワビと赤アワビがあって、黒アワビは硬くコリコリした食感と濃厚な味が特徴。17~18センチ位のものまでは見た。赤アワビは黒アワビよりやわらかく、まん丸に近い形でさらに大きくなる。今までで一番大きかった獲物は、20センチを余裕で超えていた。水中メガネで海中を見たら何でも大きく見えるから、そいつを見つけた時は、小ぶりの洗面器位に見えた。でも、食って旨いのは、さほど大きくない名刺サイズのヤツ。このへんが魚とは違う。サザエも同じで、大きいのはソフトボールの大きさ以上になるけど、硬いだけで旨くもなんともない。私はアワビよりサザエの方が、それもみかんより小さい位の大きさのヤツが好きだ。資源保護の点から見たら、一番採ったらアカンところだけどね。生物学上、貝は巻き貝と二枚貝に大別され、なんとアワビは巻き貝なんだよなぁ。そういえば貝殻はウズ巻いてるもんな。アワビは寿司になると旨くない。俺だけかな。アワビも伊勢エビ同様、俺の中では一口食ったらもういい。残酷焼きとかいって、焼き網の上に裏返しに乗せてそのまま丸焼きにしたりするのが料理の目玉だったりする旅館があるけど、それがどうした?という感じだ。


 タコにはタコの生き方があり、人間にバカにされても強くしなやかに生きている。彼らは忍者だ。色も形も自在に変化できる。だからかなり慣れた人でないと、生きたタコを見つけるのは難しい。捕獲するコツは、アレなんか変だ?って思った岩のくぼみにめぼしを付けて、目を逸らさず潜って行くこと。その岩のくぼみが、近づくにつれ、何となくへこんでいくなら、それはタコだ。目が黄色だから、注意して見たらわかる。彼らはいつも貝やカニなどの甲殻類を食っている。面白いのは竹竿の先に採ったタコをくくりつけて、岩場の亀裂部分にいるイソガニを追い出したり、追い込んだりする道具になること。イソガニは隙間に入ると出てこないので、大変便利だ。もちろん死んだタコでも効果は絶大。タコの刺身は真っ白の身にほのかな滋味があって、姿に似合わない上品な味がする。茹でたヤツはもなんとも感じないが、夏の夜に食べる生のマダコの刺身は美味しい。

 

 イカも話し出すと長くなってしまう。私のなかではイカの刺身は、剣先イカアオリイカが双璧だと思っている。夏 海に潜ると、剣先イカの赤ん坊が6~7匹、足をこっちの方向に向け、きれいな輪型をとって、警戒してるのに出くわすことがある。手をのばせば届く距離にいても、当たり前だが捕まえられない。こっちが急にフェイントをかけると、瞬時に数10センチ程移動して、輪形陣を崩さないまま足をこっちに向けて、ホバリングしながら同じ位置でこちらの出方を伺っている。何度やっても同じだ。前述のイカ2種は、食感が正反対である。例えが下世話になるが、剣先イカが若いグラビアアイドルなら、アオリイカは妖艶な映画女優である。剣先イカのパキパキした、硬くストレートな食感に対し、アオリイカのネットリとした深く まとわりつく味は、誠に甲乙付け難く、どっちが上だとは決めにくい。参考までに、干物にしても剣先イカはよく干したスルメ(アタリメ)、アオリイカは一夜干しが旨い。当然その味は生同様「しつこさ」の点で、真逆だ。
 

 ワタリガニを生のまま漬けこをだキムチをご存知だろうか。我が家では夏になると、コリアンタウンまでこれを求めに行く。買う店も決めている。これは刺身ではないのだろうが、生の魚介類ということで仲間に入れたい。食べ方には工夫が必要で、とにかく唇にあたらないように上手に食わないと、ヒリヒリしてたまらない。また、美味いからと、何匹も欲張ると ハラにくる。カニの逆襲なのかもしれない(笑)

 

 変わり種はクジラだろう。俺の郷里である五島列島上五島の有川は古くからの捕鯨の拠点港であり、解体こそ他の場所で行われるものの、船員によって鯨肉が街にもたらされてきていた。ただし、それを口にできるのはごく限られた階層だけで、一般には中々お目にかかることはできない。なにせ、宗教上の理由もあるのだろうか、4本足の動物を食べない土地柄だったから(私の育った街には肉屋がなかった)、肉というものに特殊な感情を持っているため、長い歴史のなかでも大体の人は食べてこなかった。牛や豚を食べる文化があれば、クジラの肉に対しても牛肉や豚肉の比較対象として見ることができるだろうが、なにせ肉がないのである。そして金持ちしか肉は食わない、となれば、特殊な位置付けにもなろう。当時から超高級品なのであった。しかし私はあの ばか高い尾の身の刺身を美味いとは思えない。クジラは給食に出たしぐれ煮か、缶詰が一番好きだ。口が貧乏だから高級なものはダメなんだろうなぁ(笑)


 幼魚と成魚で全く評価が変わったり、旬のモノとそうでない時で大きく味の違う魚。生きているモノをすぐにさばいて食べたがいい魚、わるい魚、色々だ。だからこそ刺身は面白く、楽しく、そして美味い。