孤高の専門学校校長

感じるままに言いたい放題

あの日々を忘れないために 覚書

毎日やること

 

 朝目覚めると まず布団を片付け、私の横で寝ていた下の子供を妻の布団にコロコロと転がす。私と子供が寝ていた布団を片付ける。妻はそのままにしておき、冬はこたつを持ってきて妻の布団の横にくっつける。

 そうして朝食の準備をした後に自分自身の仕事に行く準備を済ませ、改めて妻と子供を起こし、朝食を食べさせる。食後は 学校に行くために子供が家を出なくてはならない時間にタイマーをセットして、私は仕事に行くため家を出る。子供はセットしたタイマーの音を合図に、遅刻せずに学校に行く という訳だ。

 

 職場に妻からメールや電話がくることもある。残念ながらそんな電話は、大概は言葉にならないような絶望的な内容だ。唸っているだけで、通話を終わらせられない場合も少なくない。それでも切ろうとすると、「一人にせんとって」と蚊の鳴くような声で言ってすすり泣いたりする。会議中などで電話に出られない時は、何十分も連続して着信が続く場合もある。そんな時は何とかしてあげたくてもどうもできず、天井を見上げてしまう。

 

 終業の時間が来て、その時点でその日の仕事を終えられていなかったとしても、私は残業ができない。この後主夫に変身しなければならないからだ。妻に「今事務所を出た」とメールを送り、超特急で帰る。1時間ちょっとの通勤時間が 私の唯一リラックスできる時間だ。家につくと まず夕食の準備から主夫業が始まる。米を洗い仕掛ける。炊けるまでの時間で洗濯物を取り入れ、たたみ、風呂を洗っておかずを作る。料理を作るスタンスは、栄養バランスより早くできることが優先だ。だからどうしても冷凍食品の揚げ物が多くなってしまうが、まもなく50を迎えようとするオヤジに文句をいう奴はない。

 

 夕食がなんとか完成するのが9時から9時半というところ。食器やお茶などを並べれば、ここで初めてリビングに敷いた布団に一日横になってる妻を起こして、家族で夕食をとる。妻が調子の良い時は「一家団らん」みたいな感じになることもあるが、多くは少し重い時間だ。

 

 食事が終わり、入浴と台所の片付けを同時平行で行う。片付けといっても今は洗い機に食器を並べてスイッチを押すだけだけど。それらが終われば、大体平均11時前後か。そこから毎日洗濯をする。洗濯とそれを干すのにかかる時間は約1時間。夜やらないと、とても毎朝できるものではない。それとは別に この時間に3日に1回は米粉で作った 朝食用のパンを焼く。妻が日中にできれば苦労はないのだけれど、それがままならない病気だ。やりたくても、またやらないといけないとわかってても身体が動かない。それが辛い。本人が一番わかっている。

 

 ここまでの一連の作業を終えるのが12時~12時半。私もここで眠ることができれば、涙が出るほど嬉しいのだが、ここからが不眠を訴える妻の、1日の中での最大の格闘の時間となる。毎日彼女がウトウトするまで脚をマッサージする。眠りを意識したとたんに脚に痛みや違和感が出て、イライラしてしまいとても寝るどころではなくなるのだ。脚が痛くなったり、だるく感じてしまう妻の症状は、精神科の主治医からは「むずむず脚症候群」という たまげるような名前の病気を併発している可能性を指摘されている。妻は生まれつき心臓に欠陥をもっており、そのせいで一級の身体障害だ。不幸なことにその身に双極性障害を患い、加えてこんな訳のわからない名前の病気も併発したのでは、妻も本当に大変だろう。

 

 医師から処方された導眠剤は2種類だが、気持ちを鎮める働きの働きのある薬が別に3種類、それでも眠りにつけなかった場合の頓服用の睡眠薬が1種類。薬の力だけで眠れるなら幸せなのだが、これがなかなか上手くいかない。そうこうしてる間に1時間位はすぐに経つ。マッサージを続けながら、午前2時を過ぎるあたりから、さすがにこちらも辛くなってくる。職場でやり残した仕事を家でやらなければならない日も多いから、なおさら焦ってくる。大体毎週、やり残しの仕事を片付けるために、月曜日と火曜日は早朝午前3~4時の起床でないと仕事をこなせない。早寝早起きの人は起きてる時間かもしれないし毎日早い時間に寝られるならそんな時間に起きても問題ないが、前述の通り夜早く眠りにつくことは叶わない。完全にマゾでありアイドル歌手並みの睡眠時間だ。

 

 さらに「眠れない」といういら立ちが妻の心の中で悪魔に姿を変えた場合、絶望的なイライラが暴発して破壊的な行動に出ることが時々ある。カーテンを引きちぎったり、窓ガラスを蹴って割ろうとしたり、究極はお決まりの自傷行動だ。ほとんどの場合死ぬ気はないのだが、ベランダから飛び降りようとしたり、ナイフで腕や手首を切ったり、タオルで自分の首を絞めたりする妻とそれを防止する私とのせめぎあいが、深夜から早朝にかけ 時に数時間に渡り断続的に繰り広げられる。運命は私と私の家族に微塵の容赦もない。

 

 睡眠時間が2~3時間を切る日が連続すると、日中思考能力がかなり低下する。30分前のことが思い出せない。座っているとどうしようもなく眠たい。普段睡眠が足りている人にとっては 1日位徹夜したところで大したことはないだろうが、連日極端に短い睡眠時間が続くと、生活の全てに影響が出る。私の感覚では、3時間以内の睡眠時間しか取れないと、次の日は目がシバシバする程度。2日連続するととにかくダルさとの戦い。それが3日目に突入すると無意識に寝てしまうことや 無気力になってしまうことを、常に積極的に回避しなければならない。本当に泣きたくなる位辛い日もある。いや 実際何もないのに涙が出てきたことも何度もあった。面接官として応募者の面接の真っ最中、フッと意識が飛んでしまい これが現実なのか夢なのかわからなくなったこともあったし、一度などは知らない間に意識が飛んで、突っ伏したように自分の机に額を強く打ってしまい、次の瞬間目に映った視界が雪景色のように真っ白に見えた時には さすがに限界だと思った。

 

 周りの人は、身体を壊しますよ と言ってくれる。しかし私は意地でもってるのだろう。気力は体力に勝る。体力を牛耳るのは気力だ。過労死をする人は、この気力が途切れ、嫌々仕事をしてるからプツンと逝ってしまうんだろうと思う。今の私がほんの僅かでも妻の看病が嫌だと思ったなら、間違いなく私は液体のように頭から溶けてしまうような気がする。

 

 

毎週する事

 

 月木は燃えるゴミの日。水曜はプラスチックと古紙が交互に。金曜はカン、ビン、ペットボトル。月一で粗大ゴミだ。いずれも前の夜にヒモでくくったり、袋に入れたりして玄関の外に出しておき、当日出勤時に持って出る。

 

 火木は近くのスーパーの特売の日なので朝、起き抜けに下の子供に新聞を取って来させ、チェックし、帰宅後の買い物を頼む。必要なら上の子供も起こして言いつける。子供がバイトなんかで買い物ができないときは、帰宅後に私がそれもやる。そんな日はとにかく何もかもが遅くなって、妻もつらそうだし、私もキツい。

 

 休みの日は、朝から掃除、買い物、片付け、昼食や夕食の準備。洗濯ものを取り込み、たたむ。アイロンは自分の1週間分のシャツとハンカチ、また下の子供の学校のものもやる。少年サッカーのクラブチームのキャプテンなので、練習のある時には、そのための用意が必ずある。ユニフォームや着替、スパイク、ドリンクなどだ。試合は月に一度位のペースであり、その日は子供と私の弁当を作り、他の子供たちを車で会場に搬送し、現地でテントや敷物の設営をやる。そして私は観戦中は間違いなく寝てる(笑)

 

 妻を病院に連れて行くのは現在は隔週の土曜日だ。堺の専門病院に片道10キロの道程を車で通っている。受診と言っても、診察で主治医と対話するのは90%は私だが。妻の調子が良くない時は、かえって受診しない方が予後がいい場合が多い。やはり精神科医に対しては、精神病患者は気構えるので変な疲れ方をするらしい。

 

 とにもかくにもやることが多すぎて、休みの日は日中息つく暇もない。金曜の夜か、土曜や日曜の日中、持ち帰った仕事をやれればいいのだろうけど、時間的にも厳しいし、何より全くそんな気になれない。ちょっとでも暇があると横になりたいから、結局切羽つまった日曜の深夜(月曜の早朝)に仕事をすることになってしまうのだ。妻が発病する前のように、平日夜遅くまで仕事をしたり、休日出勤したりするのは、今の私には全く不可能だ。

 

 

毎月やること

 

 給料日は大変だ。銀行での出金・振込・入金。公共料金や駐車場の支払をコンビニでやる。月に一度まとめた買い物は、米、酒、ガソリン、シャンプーや日常使う薬品類や洗剤、調味料等々の消耗品である。

 

 

 そして

 

 私が一番気をつけていることは、「妻が気を遣わない」ことだ。全く狙い通りにはうまくいかないけど(笑)。寂しくなったり、惨めになったり、申し訳ないと感じたりさせないこと。しかし自虐的になってしまう思考回路の妻には大変難しい。

 

「負けないこと、投げ出さないこと、逃げ出さないこと、信じ抜くこと。ダメになりそうなとき、それが一番大事」先日、若い頃に流行した歌がテレビで流れていた。もちろん歌詞も知っていたが、改めて聴いて無性に腹が立った。あの歌詞は、健康な人が健康な頭で考えたファンタジーだ。応援歌のつもりなんだろうが、わかっていなさ過ぎて怒りで泣けてくる。きっとダメになったことなどない人が作ったんだろうなあ。前向きな考えに切り替えられないから、ダメになってんだよ!何も知らない若造が!

 

 私自身趣味はほぼ無いが、あえて言うと田舎ウォーキングか。登山じゃなく、町中でのウォーキングでもない。田舎者だからやはり田舎が好きだ。便利より自然。夜景より風景。そんな中をブラブラ歩くことが唯一私の趣味と言えるものだが、これも今はできない。元々酒は余り飲まないし、みんなで大騒ぎするのも得意じゃない。今の私はまさしく蟻ですな。でもある意味なんと充実した人生だろうとも思う。

 

 今何が望みかと問われれば、間違いなく休息、と答える。余暇や旅行などのレジャーじゃない。睡眠と休息だ。残念ながら私の心は健康ではないと思う。よく「リフレッシュ休暇」と言うが、私は月曜、実に暗い気持ちで出勤する。全くリフレッシュなどしていない。これは3連休でも5連休でも同じで、長期休暇の休み明けは平静を保てず逃げ出しそうになる。精神的には最低なコンディションだ。

 

救いのない絶望の日もある。

家族の良さと大変さを痛感する日もある。

私は無力だ。

しかし無力だからこそ必死だ。

 

そして私はまごうことなく幸せである。