孤高の専門学校校長

感じるままに言いたい放題

煩悩

年の瀬である。なぜか慌ただしいくて座っていてもケツの辺りがソワソワしてなんだか落ち着かない。先日TVで今年の10大ニュースをやっていた。そんなこともあったなぁなどと感慨深く観ていた際、自分にとっての10大ニュースも考えてみようとして、すぐにやめた。今年の10大ニュースの内のトップ3が、いずれも大切な人が亡くなったことだったからだ。1月には36年の長きに渡って家族ぐるみで付き合ってきた親友を、6月には妻の兄を、そして今月は実母を。私はその都度自分自身が感じる悲しさより、精神状態が極端に不安定になる妻をなだめることに神経を使った。生きていても迷惑ばかりかけている自分が代わりに死ねばよかったのに、と妻はその度に力なく微笑みながら口にした。

千と千尋の神隠し』のテーマソングは「いつも何度でも」という歌だ。名曲である。〽悲しみの数を言い尽くすより、同じくちびるでそっと歌おう とその歌は教えるが、近しい人を続けて亡くした喪失感から回復するには今しばらくかかりそうだ。1月に親友を亡くしたしばらく後にこの曲を偶然耳にした時、歌詞が心の底の方まで入ってきた気がした。何か気力が湧いてきそうそうだし生徒たちもみんな知ってるであろういい歌だから、卒業式のBGMに使ってみようかなと思う。

私は仏像が好きで時折寺院にお姿を見に行くのだが、数多ある仏像の中に不動明王という尊格がある。人々の煩悩や因縁を断ち切る剣を右手に、また悪を縛り上げ煩悩から抜け出せない人々を吊り上げてでも救い出すための投げ縄を左手に持つ。苦しみを抱える人を力ずくで救うべくこの世に降り立つため、いつも怒った顔をしている。

くよくよしていてはいけないのに、吹っ切れずにいる未練がましい私の気持ちもまた煩悩の一種なのだろうか。不動明王にはどうか私の中の弱い心を剣で断ち切り、縛り上げて成敗してほしい。