孤高の専門学校校長

感じるままに言いたい放題

人生の出来

お釈迦様が唱えた人生における苦しみは、四苦と呼ばれる「生老病死」だ。「老病死」はまだ分かりやすいが、「生」が入っているあたり仏教的であり皮肉がキツい。さらに八苦となると「愛別離苦(あいべつりく)」➡︎愛する者と別離すること、「怨憎会苦(おんぞうえく)」➡︎怨み憎んでいる者に会うこと、「求不得苦(ぐふとくく)」➡︎求める物が得られないこと、「五蘊盛苦(ごうんじょうく)」➡︎五蘊(人間の肉体と精神)が思うがままにならないこと の4つが加わり、我々が日常使っている「四苦八苦」が成立する。

記憶では私の親戚や家族は、ガンで人生を閉じた人が多いが、残念ながら病が見つかった時には既に手遅れだったものがほとんどだ。私もちゃんと健康診断しなきゃないと思うがその意図はこうだ。〘どうせ歳を取れば全員ガンになる。ガンは手遅れになると死ぬ。ならば小さいうちに見つけて切り取ってしまおう。毎年健康診断を受け、できてしまった小さなガンの芽を生涯摘み取り続けるのだ〙

先日新聞で紹介されていた記事に引用されていてふと目にした一編の詩がある。どこにでもある(失礼!)老夫婦の暮らしの中、死による別れが2人を引き裂く。普段から折に触れ、旅行など出かけていく機会が多かったお2人だったが、ある日奥様の体に悪魔が舞い降りた。見つかった時にはステージ4まで進んでしまっていた小腸ガン。病魔は容赦なく奥様の体を確実に蝕み、心身の自由を奪っていった。ついにベッドから起き上がれなくなった奥様が書いた一編の詩に込められた、無念の思いが胸を打ち涙を禁じ得なかったのだが、表面には出ていないだけでもしかしたら世の中には同じような話は溢れているのかもしれないとも思う。

その奥様(宮本容子さん)の詩を紹介したい。

 

「七日間」

神様お願い この病室から抜け出して
七日間の元気な時間をください

一日目には台所に立って 料理をいっぱい作りたい
あなたが好きな餃子や肉味噌 カレーもシチューも冷凍しておくわ

二日目には趣味の手作り 作りかけの手織りのマフラー ミシンも踏んでバッグやポーチ 心残りがないほどいっぱい作る

三日目にはお片付け 私の好きな古布や紅絹 どれも思いが詰まったものだけど どなたか貰ってくださいね

四日目には愛犬連れて あなたとドライブに行こう
少し寒いけど箱根がいいかな 思い出の公園手つなぎ歩く

五日目には子供や孫の 一年分の誕生会 ケーキもちゃんと11個買って プレゼントも用意しておくわ

六日目には友達集まって 憧れの女子会しましょ お酒も少し飲みましょか そしてカラオケで十八番を歌うの

七日目にはあなたと二人きり 静かに部屋で過ごしましょ 大塚博堂のCDかけて ふたりの長いお話しましょう

神様お願い七日間が終わったら
私はあなたに手を執られながら
静かに静かに時の来るのを待つわ
静かに静かに時の来るのを待つわ

 

ご主人(宮本英司さん)が新聞で奥様の詩を紹介するや大反響を呼んだのだが、投書の最後の部分には「妻の願いは届きませんでした。詩の最後の場面をのぞいて」とあり、最期の時にはベッドの横でご主人がずっと奥様の手を握られていたのだろう様子が目に浮かぶ。そして「容子。2人の52年、ありがとう」と結ばれている。52年も人生を共に歩んだ伴侶を失うというのはどういうことなのか。私には想像ができない。

一度きりの人生とは使い古された言葉であるものの、人の人生の出来は誰と一緒に過ごすかであり、どんな人と巡り合い、どんな人と生き、また死ぬのかに大きく左右される。そしてこれはあまりにも運頼みであり、時に残酷なまでに不公平でもある。