孤高の専門学校校長

感じるままに言いたい放題

ムイムイ 3 「スズメバチ」

大型昆虫らしき羽音が聞こえ、ふと窓の外 ベランダを見ると、子供の頃に見覚えのあるあいつがホバリングしている。慌てて窓に隙間がないか確認してからそいつを目で追った。スズメバチである。都心にあっても秋口には目にすることが多い。実は私と奴らとは数十年前からの因縁の仲である。

《昭和40年代の終わり頃》
夏休みのある一日、寝苦しさに僕は目が覚めた。なんだかソワソワしてる。ラジオ体操もまだまだの時間だ。睡眠不足特有の感覚、目がシバシバするようなお腹が痛いような 何か変な感じ。でも今日はこの後お兄ちゃんとお兄ちゃんの友達と一緒にカブトを獲りにいく日だから余計にいつもと違う感じ。急いでお兄ちゃんを起こすと「あ?」と一瞬いつものムッとした顔をするお兄ちゃん。でも次の瞬間ハッと気がついてムクッと体を起こしながら「起きたか!?」って それはこっちのセリフなんだけど、、、まぁいいか(笑)

2人で牛乳をゴクゴク飲んで、音を立てないように玄関を出てからスコップや網や虫かごなんかを用意して、真っ暗な道に自転車を漕ぎ出す。お兄ちゃんの友達2人もちょうど待ち合わせのタバコ屋の角に来たところで、僕たちと同じように口の上には牛乳の縁取りがあるし、全員寝グセだ。中でもT君は髪が硬いからか、魔法使いサリーちゃんのパパみたいになってるけど笑ったら怒られそうだ。

まだ暗い中 僕たちは自転車で30分位突っ走った後に舗装してない田舎道に、そしてさらに山道に入った。僕の自転車は車輪が小さいからお兄ちゃんたちに遅れないよう必死で自転車をこいでついて行かなきゃダメだ! ぼちぼち道が無くなってしまうってところで鳥たちが鳴き始める。まだ薄暗い中 自転車を停めて、そこから先は歩きで進む。と、そこからいきなり前方の視界に飛び込む数匹のコクワガタに、僕たちは 気が焦って走り出したけど、お兄ちゃんの友達の中でリーダーのY君が、全員に大声で集団行動を崩さないようにって叫んだ。でもコクワガタはそこいらにいるから珍しくない。とにかく虫かごにそいつを放り込みながら前に進む。入れ食いだ。

時々カブトムシもいるけど野生のヤツはイキが良いから捕まえようとしてもブンブン飛んで逃げる時も多い。だからそんな元気なヤツを見つけたら枝にいるのを捕まえるんじゃなく、まず地面にはたき落として転がったヤツを拾う。僕は飛ぶカブトか飛ばないカブトかをほぼ見分けられるんだよ。すごいだろ! ちなみに夏にデパートなんかで売ってるのは冷房が原因なのかな、もうイキが良くないんだなぁ。魚に例えられるなら もう刺身にはできない(笑)
Y君がまた叫んだ。「全員で獲ったヤツを全部集めて 後でみんなで分けるからな。大きいの獲ったからって獲った奴のものじゃないぞ!」。僕たちは おうと返事をしてその後も夢中になって獲り続けた。

僕たちの間で一番人気が高いのがヒラタクワガタだ。アイツらはとにかく力が強いし大きくなる。長生きだしね。名前の通り、体が平たくてぺったんこだけど 大きいのに挟まれると指には穴が開いて血が吹き出す。とにかく隙間が好きで なかなか姿を現さない恥ずかしがり屋のヒラタ君だけど、慣れた人が 住んでいそうな隙間を探るとたまに顔を見せてくれる。見つけた時の嬉しさったらない。その点コクワガタをはじめとして、ノコギリクワガタミヤマクワガタなんかはランクが下がる。でも有名なオオクワガタは、残念だけど僕も野生のものは見たことがない。ホントにいるのかな?

そんな悪ガキの僕たちでも 林の中で恐いもの、それはムカデとスズメバチだ。万一ムカデに噛まれたら、牙から注入される毒で噛まれたところがパンパンに腫れてしまう。大きいヤツは20センチを超えるし、やっつけようとして慌てて踏んづけたら、頭を持ち上げて振り返りざま足首を噛まれる。アイツにやられると虫獲りどころじゃなくなるから、木を持つ時(幹にもいる)や足の踏み場には注意しないとダメだ。僕の友達のSちゃんは長靴を履こうとして、中に入ってたムカデにやられて学校を何日も休んだ。まぁしかし噛まれないように注意さえしていれば怖いものでもないんだけどね。

厄介なのはスズメバチの方だ。僕には同じスズメバチでも判別できる種類が何種類かあるけど、怖いのはオオスズメバチかキイロスズメバチかな。一匹スズメバチがいるだけでその横にいる大物のクワガタが獲れないこともある。アイツらは顔をこっちに向けて睨むんだよ(笑)!しばらく見つめ合うとおもむろにその場から浮かぶようにして 空中からこっちを見ながらホバリングするんだもん、怖いよー! 体のどこかからカチカチ音を出すんだけど威嚇してんだろうな。スズメバチの怖いところは、ファミリーでやってくることと、攻撃した人を覚えてること(多分)。一匹殺すと近くにいる仲間が次々に来るんだもん、やめてほしい(笑) また、石をぶつけて殺してしまおうとして失敗した時、投げた子供を覚えてる気がするんだけど違うかなぁ。何人かの内の1人が石を投げたら、その子にしか復讐に向かって来ないっていう経験は2度や3度じゃないんだよねー。このことを証明してくれる昆虫学者さんは居ないもんかなぁ。

何度かよそのおばさんに頼まれて蜂の巣の退治までやったなぁ。随分やっつけた。虐殺だな。勇気を出して地中にある蜂の巣の中に打ち上げ花火を発射したり爆竹を放り込んだこともあった。大きな蜂は大人の女性の親指位はあった覚えがある。我が家のベランダでホバリングしていたヤツはそこまで大きくなく、5センチもなかったように見えた。「お前の遠い祖先を 子供の時 私は散々虐待したかもしれないね。ゴメンな」って呟いた初秋の昼下がりだった。